オーストラリアのうさぎを不妊にする組換えウイルス
8月2日 New Scientist 誌から
オーストラリアの研究者が、うさぎの害をなくすためにうさぎを不妊にする強い伝染性のウイルスを作り出した。
キャンベラの害獣コントロール協同組合研究センター (Pest Animal Control Cooperative Research Centre=PAC CRC )のチームは、ヨーロッパ家ネズミを不妊にする類似のウイルスで、野外試験を実行する許可をすでに申請している。
この生物学的制御方法の提唱者は、この方式が毒や、鉄砲や、あるいは致死的な病気を広めるようなこれまでの作戦よりずっと人道的な手段であると主張している。
オーストラリアでは、猫からラクダまで、野生化した哺乳動物が農業生産と環境に損害を与え、毎年何億ドルもの負担となっている。また何種類かの自生の哺乳動物や鳥が絶滅に追いやられている。
しかし原野に遺伝子組み換えのウイルスを解放することについては、まだ激しい論争の火花が散らされているところだ。
このウイルスは組換えによって新たに追加された遺伝子を持ち、それが卵のまわりにある透明な厚い層である卵膜のタンパク質を作ってメスを不妊にする。
メスが組換えウイルスに感染すると、自身の卵に対して免疫抗体を作り出すようになる。それは卵に損害を与え、免疫避妊と呼ばれるプロセスで受精を阻止する。
使うのは粘液腫ウイルスで、半世紀前にオーストラリアで散布された時、うさぎの個体数の激減をもたらした。しかし、多くのうさぎが耐性を持つようになり致死性の低い系統のウイルスがもとのウイルスに勝ち残った。
4年前に、研究者は粘液腫ウイルスに挿入するための3つの卵膜遺伝子の中で最も見込みがあるうさぎのZPB 遺伝子を選んだ。しかしこれはうさぎの不妊率が25パーセント以下しかなかったため、ZPC 遺伝子に切り替えた。
いまでは粘液腫ウイルスは70パーセント以上の不妊成功率になっており、これは致死性でなくて、うさぎに発熱以外の症状は起きず、しかも強い伝染性がある。
野生のメスの70から80パーセントを不妊にすることができるなら、うさぎはヨーロッパ並の密度に低下して、比較的マイナーな害獣になるだろうという。
免疫避妊の考えはすでにもう1つの主要な害獣、ヨーロッパ家ネズミで証明されている。
設計されたヘルペスウイルスによって実験室のメスネズミは100%不妊となった。
ネズミを不妊にするこのウイルスがウサギで効果をあげるために粘液腫 ウイルスにこの遺伝子を加えることが計画されている。
PAC CRC は北西ビクトリアのWalpeup においてこの遺伝子組換えマウスウイルスの最初の実験を今年後半に行う認可を、遺伝子技術監査機関に申請している。しかし、散布実験の前に大規模な審議が行われる。
一方、他の研究者らは、自然淘汰によって卵膜タンパク質による免疫反応を逃れる突然変異した動物に有利にはたらき、効果は一時的であるだろうと述べている。
さらにもう1つの心配はウイルスが他の種に広まる可能性だ。組換えウイルスは野生品種より種の壁を跳び越える力は高くないと認識されてはいるが。
PAC CRC チームはまた、オーストラリアで最悪の野生肉食動物キツネや、ニュージーランドでの同様の害獣ヤマイタチのために、免疫不妊のウイルス研究を行っている。
安田節子によるコメント
野生動物の個体数の激減、絶滅の危機がある一方、シカ、サル、ウサギ、イノシシなどの増加による農作物被害は日本においても深刻です。
オーストラリアのこの記事にあるように、人間に都合の悪い動物は、たとえ人道的方法であれ、選抜的に駆除していくという考えは、人間の愚なる行為ではないかという気がします。ましてや、組換えウイルスを使うなど、ウイルスの変異力を甘く見ているとしか思えません。
これが行きつく先は、ウサギも狐もネズミも絶滅危惧種に指定され、今度はクローン技術で複製を作って増やすことに地道を挙げることになるかもしれません。
人間が野生動物の生息環境に踏み入り、奥地まで開発が進んだ結果、先に害獣とされたクマや狼、キツネなどが駆除されてしまい、それらの餌とされていたうさぎやねずみ、シカなどが繁殖し過ぎて餌が不足する。それで餌をもとめ人里へ出没して田畑の作物に損害を与えるという構図です。
現在、自然との共生が言われていますが、野生哺乳動物との共生をどうするかが切羽詰った課題です。
餌となる広葉樹を中心とした、種のバラエティに富んだ植生を育み野生動物の保護地域を設定し、人里と分離して共生する方法を探りたいものです。
(2002/8/12)