ヴァンダナ・シヴァさん講演録
ヴァンダナ・シヴァ氏講演録・完全版
2003年3月25日東京ウイメンズプラザホールにて
(通訳:佐久間智子テープ起こし:山田勝巳)
戦争を止める旅
イラク戦争で毎日失われる無辜の犠牲者に黙祷を捧げましょう。(全員起立して黙祷)
私は、この戦時に平和のために旅をしてきて皆さんに参加しました。食料に対する戦争を止める平和の旅です。私が地球、体、食料システムに対する戦争と言う時、比喩的な意味で言うのではなく、現実の戦争なのです。
先の第二次大戦では日本の人々が被災しました。先の戦争で使われた大量破壊兵器が、核兵器だろうが化学兵器だろうが戦後農業に使われるようになりました。窒素肥料は爆弾工場で作られました。化学農薬は化学兵器を作る過程で作られ、人を殺すためのものでしたが、今は虫を殺すために使っていますが、人も殺しています。
非化学になったきっかけ
私が非化学の有機的、生態学的農業を推進し始めたのは1984年、ボパールの一つの農薬工場で悲惨な事故が発生し、一晩に3000人が死に、次の数日に6,000人が、最終的には40,000人死亡したのがきっかけでした。
この事故以外にも何百万人と言う人が農場で化学農薬によって、消費者が食料を食べてガンやアレルギーなどの病気で、この不必要な戦争で死んでいます。しかし、この農業における戦争は、食糧を生産するのに使われている大量破壊兵器が直接人を殺すだけでなく、この暴力の技術がもたらしたと言われている繁栄はまやかしの繁栄であって、暴力的技術がもたらす繁栄は、農村社会に不満と略奪をもたらしています。
農村社会の不満・緑の革命
この不満の例として、「緑の革命」が成功し、農業で繁栄しているとされるパンジャブ州では、1980年代に内戦が起こりました。ボパールで30,000人死んだが更に30,000人がパンジャブの暴力的農業で死亡しています。
イラクの場合のように、この死は全く不可避のものでした。ノーベル平和賞が与えられた『緑の革命』が成功だったのであれば、その後に起こった戦争という矛盾から一体何を学ばなければならないのでしょう。
次第に分かってきたことは、殆どの戦争が二枚舌で表現されている事です。農業の戦争は、『緑の革命』という旗印の下に、第三世界に平和のための食料という名のプログラムで押し付けられ、繁栄と平和をもたらし、共産主義を回避した技術として非常に賞賛され「緑の革命」に対しノーベル平和賞が与えられたのです。
しかし、残念ながら繁栄は本物ではなかったし平和ももたらされなかった。
繁栄がもたらさなかった理由はいくつかあり、私の『緑の革命の暴力』の中に書いたが、繁栄が実現しなかったのは、このシステムが、より多くの食糧を生産するためのものではなく、地球を短期間に破壊するシステムだったからです。
同じ量の米を生産するのに、通常の方法よりも水が5倍必要だった。そして、水不足が水争いを起こしました。このシステムは、平和的農業と置き換えるためのものだったのです。
有機農業について
平和的病害虫防除が有機的農場では実現しているが、これは多様性があることによって可能になっていて、私のところの農場では病害虫がありません。雑草も殆どありません。多様性が多ければ多いほど特定の種が病害に変わることはないのです。自然には、害虫とか雑草などというものはないとおもいます。生息空間を奪う暴力的農業によって、特定の種が害虫に変わってしまうのです。
戦争的発想が害虫や雑草に戦線を布告して、害虫も雑草も攻撃すればするほど強くなってスーパー害虫、スーパー雑草が出てきています。
害虫は、テロリストと良く似ています。攻撃をすればするほど、ますます凶暴になって行きます。テロリストや害虫や雑草を対策する唯一の方法は、これらのものにも他の種と平和共存する場所を与えることです。生きる空間を奪わないことです。暴力は更なる暴力を生み出すだけです。これは、農業でも冷戦でも同じ事です。
畜産について
工場畜産ではこれがはっきり出ています。インドには最も多種類の牛がいて、皆素晴らしい角をもっています。この角を飾るお祭りがあるくらいなんですが、牛は農場でも街中でも自由に歩き回っていますが、角で殺しあうようなことはしません。
しかし、たくさん詰め込む工場畜産ではこの解剖学的に美しい角が危険なものになるのです。だから、切ってしまいます。
鶏の嘴は、餌を食べたり害虫を捕まえたりするものですが、養鶏場では互いに傷つけないように嘴を切ってしまう。豚は、密飼いでは歯と尻尾が除去される。
このような食料は危険です。というのは、その生産方法が暴力的なだけでなく、暴力が施されたものは体に入ると身体に暴力をふるいます。この実例には全くばかげた狂牛病があります。
牛は元々狂うものじゃないんです。インドでは牛は聖なるものですが、牛がその糞で土を肥やすために敬われている事は余り知られていません。ヨハネスブルグで牛の糞を私のところへもってくる人がいて、私は有機農家が持ってきてくれたのかと思ったが、その人をよく見ると、インドモンサントの代理人だったのです。
モンサントの人間が持っていたとしても、牛の糞は土を肥やす平和な農業を象徴するものだが、彼等はそれを私を侮辱する武器にしたのです。
遺伝子組み換えについて
戦争を仕事にする人間が、食料を扱っていることが危険なのです。モンサントは枯葉剤の開発を行い、1990年代まで種苗を扱うことはしなかった。戦争が終わったので兵器のやり場を無くして農業で、それも遺伝子組み換えの中でその技術を使ってきた。
ノーマン・ボロはノーベル平和賞を「緑の革命」でもらった人ですが、元々はデュポンの防衛研究所に居た人で、普通の植物は農薬に耐えられないので農薬に耐える植物を開発していた。
「緑の革命」だろうと遺伝子組み換えだろうと平和のための食料、飢えを無くす等ときれい事を言っているが、どちらの技術も化学物質や戦争の市場や農業で戦争するための道具を増やすようになっている。
現在、農業での戦争は、3つの手段で推進されています。第一は、遺伝子組み換え技術、第二は知的所有権、第三は他の国の農業を潰すための貿易ルールです。
遺伝子組み換えが必要であるという宣伝文句に、世界の8億の飢える人たちを養うために食糧増産が必要だといっています。遺伝子組み換えは、食料を増やしません。
除草剤耐性のものは収量を減らします。混合農業では、20-30トン/エーカー生産できるが、除草剤耐性のものは、組み換え体だけで他のものは全て殺してしまう。除草剤耐性作物が栽培されている殆どの国では、既に大量に除草剤が使われて土が汚染されてしまっています。アメリカなどは大量のラウンドアップが土を汚染している。一時的には大豆生育を助けるが。
除草剤について
インドでは除草剤を使わないが、それは畑にあるものは薬草、食料など様々な用途に使われていて、女性はこれらの作物を摘むことを仕事にしているのです。
数年前バンガロールでモンサントの大きな看板を見たのですが、それには女性が両手を雑草で縛られていて「ラウンドアップで解放されよう」と書いてあるのです。モンサントは、ラウンドアップを売るために色々な神や聖人のイメージを使いますので、純朴で信心深い田舎の人たちはラウンドアップが神の贈り物であるかの印象を持ってしまいますから、そうではないというキャンペーンをしなければならないのです。
去年はインドやアフリカでひどい旱魃(かんばつ)がありました。それは、気候変動によるのですが、原因はこの地球に対する戦争です。ラジスタン州では全滅でしたが、モンサントはラウンドアップがまるで旱魃対策であるかのように売っていました。
ラウンドアップとハイブリッドコーンをセットで売っていたのです。それで急いで農村へ出かけて今年六月に蒔くコーンについてはモンサントの種やラウンドアップは絶対に買わないように言って回りました。
モンサントのコーンの収量の数値を挙げて見ましょう。モンサントのチラシには、5000-9000kg/エーカーのコーン収量が上がると書いてあります。別のチラシでは2000kgに落ちています。現場のモンサントの従業員が私の同僚に話した収量は1200kgです。実際に栽培した農民は700kgという数字を出しています。
インドで主に栽培されているBtコットンはもっと異常な状況です。希望なら詳細を話しますが、Btコットンに関してモンサントは収量が倍になったと言っています。これは全くの嘘で、Btコットンというのは、植物にBtという土壌菌を組み込んで植物がBt毒を出すようにしたのであって、収量とは全く関係がありません。
これに関してモンサントは、収量が倍になるということは、収益に換算すると10,000ルピー/エーカーの増収になると宣伝していました。
私達は、収穫時期に4つの州を回ってBtコットンの実際の収量がどうなのかを調べて回りました。約束された1500kgではなく農民が収穫していたのは200kgでした。非GMコットンは1000kg収穫できていました。10,000ルピー増収するどころではなく、6,400ルピーの損失だったのです。GMを栽培しなかった農家は、10,000ルピーの収入がありました。
信用できない企業のデータ
GMバイオテクノロジー巨大企業と付き合ってきたこの5年間で学んだことは、彼等のデータを信用するなということです。このデータに関しては、開発とか技術移転といった美名を冠したプログラムで持ち込まれているものについても同じですが、その本質は独占です。
ゴールデンライスとは
その例にゴールデンライスがあります。ゴールデンライスは、米にビタミンAを入れて第三世界の盲目をなくしようというものですが、ゴールデンライスの特許の多くはシンジェンタとモンサントが持っています。
私は、ゴールデンライスは盲目への盲目的対処だと言っています。ゴールデンライスを素晴らしい発明だとして推進している哀れな研究者や企業役員は、普通の米が既にビタミンAを持っているということを知らないんです。
欲しければありますよ、赤米、茶米。ビタミンAのために米を遺伝子組み換えしなくても農民の持つ赤米にはビタミンAがあるんです。企業の技術者や経営陣がそれに盲目なだけです。
それに米だけを食べる人はいません。色々なものを食べて色々な栄養を摂取しています。貧血やビタミンA欠乏を予防しようと思えば、米ではなく緑のものを食べるのは誰でもしていることです。
インドでは、コリアンダー、カリー、カリーリーブといったものがあり、1400ugのビタミンAがあります。十年に及び、何十億ドルという研究を経て遺伝子組み換えした米は、たったの30ugのビタミンAしかないのとは比べものになりません。
このことを、ゴールデンライスを開発していた研究者に野菜で70倍も摂れるんだと言ったところ、『そんなことは知らない』というのです。彼等は、このような野菜のことは知りませんし、米の事だって知らないんです。彼等が知っているのは米の細胞のことだけで植物としての米じゃないんです。
農民は植物全体を扱いますが、彼等が扱うのは培養皿の中の米の細胞で、そこに植物の遺伝子を打ち込んでいるんです。こんな人たちや培養皿から出来た植物に我々の食に未来を託すわけには行きません。細胞に遺伝子を打ち込んだり、核を取り出したりする様は、まさに細胞に仕掛けられた戦争です。
最近の勝利
最近私達が勝利した事があります。巨大アグリビジネス企業の一つであるシンジェンタが私達のジーンバンクの一つから、米の遺伝子を持ち出して独占しようとしましたが、米に手を出すなというキャンペーンをして阻止できました。
海賊行為
バイオパイラシー(生物に関する海賊行為)については、生体的植物防除に使うニームと、香りが素晴らしいバスマティライスの事件がありますが、ニームはアメリカ農務省とグレイス社が開発したものだと言い、バスマティライスはテキサスの会社が独占しようとしました。テキサス人は、中東の油も独占しようとするなど、人のものを自分のものだと言い張る癖があります。
このような海賊行為に対してバイオダイナミックだとか有機農業だとかいう事に戻ってきますが、ここで生物多様性を考える場合、もう一つの海賊行為に気付かなければなりません。
コンアグラという企業をご存知だと思います。カーギル、ADM、コンアグラというのが大きなアメリカの穀物商社ですが、米やスターリンクコーンも持ち込んでいると思います。で、そのコンアグラがアター小麦粉で6098905という特許を取りました。アターというのは小麦粉という意味ですから、アター小麦粉というのは小麦粉小麦粉ということになります。
インド人は日本人のように食べ物にうるさい民族です。自然な小麦粉は粉にすると悪くなりやすいので、挽きたてのものを使うために小さな製粉所が町のあちこちにあります。
ここで、皆さんにコンアグラがアター小麦粉に関して行なった賢い発明を読んでみましょう。「アジアで食べられているチョパティやルティといったパンを作るのに使われるアター小麦粉に関する発明について。アター小麦を砕く為に設計された機械によるアター小麦粉を作る方法」と言うのです。
本当に!これまで誰もやれなかったと言うんです。バスマティライスの特許の場合は、この米を調理する方法を発明したと言っています。
よく思うのですが、これらの大企業が欲しがっているのはおばあちゃん達の智恵なんだということです。おばあちゃんたちが知っていることは何でも発明として欲しいんです。これがバイオパイラシーです。おばあちゃん達の知識を盗むことです。
この戦争、ほんの一握りの企業が何でも自分達の手に入れるために行なう戦争は、どんな戦争にも見られるものです。カーギルは、作物の花粉交配をする蜂を花粉泥棒だとインドでは言っているのです。こんなとんでもない論理は理解しなくていいんです。蜂や蝶は花粉を交配するのは自然です。ターミネーターの種やハイブリッドコーンの種を独占的に生産したい企業は、蜂がその花粉を盗んだと言うのです。生物多様性は太陽の泥棒なんです。これほどの欲望、これほどの支配欲ですから、あらゆるものを欲しがります。
今回イラクに対する戦争を計画したアメリカン・エンタープライズ・インスティチュートと言う会社の代表が、ヨハネスブルグの会議で私の隣に座っていたのですが、議論や討論の最後に彼が言ったことは、全てのものに所有権があるべきだというものです。
このような発想では、タダで流れる川や、種が自然に出来るのや、自給的な家族や国は彼等の脅威であって攻撃しなければならないものなのです。
貿易ルールに殺される人々
農業では、これが貿易ルールです。貿易ルールは全く不公平で嘘ばかりです。貿易ルールは、不公正を無くすために書かれていて偽りの価格でダンピングし農業を潰さないようにするものです。
でも、日本の農家を潰している価格、日本の食品保障を脅かしている価格は、世界中で何百万人もの農家を破滅に追いやっています。
新しい貿易ルールによって高い種と安い収穫物価格のために、20,000人の農民が自殺しています。生産費が上がって、収入が減ったためです。
アメリカの2002年の農業法では、輸出補助金が増えてさらに輸出価格が下げられ、ダンピングされています。
ダンピングの実態を簡単に見てみましょう。小麦の生産費は、$6.24で輸出価格は、$3.5/ブッシェル、大豆は$6.98に対し$4.93、メイズ(コーン)は$3.47に対し$2.28、コットンでは$0.93に対し$0.29と生産費の半分の価格で国際市場に持ち込まれ、私達の国内経済を破壊しているのです。
綿だけでもアフリカ農民はダンピングのために2億5千万ドルの損害を被っています。インドでは貿易障壁を下げたため収入の60%がここ3年間で減りました。不公平な価格や偽りの価格の中では、戦争農業の世界では、輸入規制をして農民を守り食料保障や健康や自給を守るのは基本的人権だと思います。
WHOで集中攻撃される日本
アメリカのアグリビジネスが最大の害を与えていますが、WTOでいつも攻撃が集中するのは日本の農業補助金です。
国内補助は、不公正貿易にはなりません。国内の一部を支えるものです。皆さん、輸入規制と国内補助金については日本政府が譲らないように要求して下さい。
世界中で数え切れないほどの平和な農業が始められています。私達の農法では他の種に対する戦争は起きません。
ある国の農業が他の国の農業と戦争することはありません。私達の食べ物を作る農業は、私達の体と戦争することはありません。
私達の身の回りで起こる暴力、不公正に対して市民運動、市民の叫びが大きすぎると言うことはありません。
私の今回の日本への旅が、腐敗した企業や腐敗した政府に対し、非暴力がもっと力をつけるのであればそれなりの価値はあったと思います。日本に招待して頂いてありがとうございます。地球と食料が平和でありますように。
(2003/5/7)